月下星群 〜孤高の昴

    “そういうもんです”
  


時折吹き寄せる風には潮の香が滲む。
陽にさらされて白くなって乾いたまま
踏み固められた土の道なりに不揃いの木立が延々と続く、
いかにもな片田舎の街道を
それが素の顔か随分と不愛想で武骨そうな面差しの男が歩んでいたが、

 「……。」

頑丈そうなブーツの紐でもほどけたかと思わせるよな、
特に肩を張らぬままな態度で道の真ん中に立ち止まる。
ダッフルで合わせを閉じる変わった長衣から覗くは
結構目立つ大傷が斜めに走る分厚い胸板に、
頑丈そうな首が座って遜色のない頼もしい肩。
袖のない装いだったなら、
ただならぬほどの二の腕の逞しさも
すっかりと窺えただろうその彼は。
ややくすんだ紅のサッシュに通した三本の和刀のうち、
白い柄巻(えまき)に白鞘の一本をそれは無造作に引き抜くと、
潮風相手の素振りでも始めたかと思わせるほど、
四方の周辺に何も見えぬ中で
腰の座った重い一閃を真横に薙いだ。
気まぐれに思い立ったような所作だったが、
どうしてどうして威力はただならぬそれで。
大業物“和道一文字”でなくともそれが可能か、
道の端を縁取る雑草の帯がばさりと躍り、
木立の梢もバサバサと躍ったが、
それ以上に驚きだったのが、

 「…がはっ。」

中空から滲み出すように姿を現した男が一人。
脾腹を押さえることで放り出す格好となった大太刀を傍らに
彼の後背でずどんと倒れ込んだのであり。

 「かくれんぼならその殺気も隠さにゃあな。」

悪魔の実の能力者か、それとも何かしら…
光を屈折させるような不思議な装備あってのことか。
姿が見えないようにという工夫の下
気づかれないようにと近づいたつもりだったようだが、
まだまだ若造でありながら、
このグランドラインでも名を馳せる剣豪
元海賊狩りの彼にしてみれば、
どたどたとやかましいほどの足音立てて
間近まで駆けて来たようなものであったらしく。
その鍛え抜いた意識を研ぎ澄ませば
本格的な消気をおびた相手であれ、
あっさりと嗅ぎ取れる冴えた感覚をしているものの、

 「ぞ〜ろ〜〜〜〜〜〜っっ!!」

遠い遠い、はるかに遠いところから、
いわゆるドップラー効果を引き連れて飛んできた呼び声があり。

 「…っ!」

うわ、なんでこのタイミングで来やがるかな、この野郎はよという
間の悪さへの苦渋というか、
ここまでの余裕の無表情が一気に弾けて狼狽しかかった…というところまで。
慣れがないものにはなかなか読み取れはしなかったかもという瞬殺攻撃。
さっきの不審な刺客の襲撃よりも、
隠れてない分 判りやすいが、それでも避けようのない一撃が、
振り返った剣豪殿の懐ろ目掛け、
どぉんっと飛び込んでそのまま薙ぎ倒すから容赦がない。

 「やぁっと見つけたぞ、このヤロが♪」

それこそ隠れんぼの鬼のような言いようをし、
あひゃひゃ・あひゃひゃと朗らかに笑いだす相手が、
突き倒したのみならず いつまでも自分の身を枕にしているの。
だあもうっと怒り出すでなく、いらだたしげに払い除けるでなく。
しょうがねぇなあと真正面になった蒼穹を見上げて小さくため息。
さほど離れぬところで伸びている輩もそうだが、
補給にと立ち寄ったこの島を蹂躙中だった別口の海賊どもを相手に、
上陸したそのまま一味全員でお相手中という麦わら海賊団だったのであり。
相手になってみて判ったのが、
よくもまあこの“新世界”で
海賊でございという振る舞いが通せているよなァと呆れたほどの雑魚集団。
大方どっかの大物の配下の
そのまた下の下とかいうところに組み込まれているクチだろうと、
固まって矢を射かけてきた小雑魚集団を
自慢の足蹴りで見る見るうちに薙ぎ払ってしまったサンジが肩をすくめ。

 「だったらだったで、
  私たちに制覇されたなんて知れたらただじゃあ済まないんじゃないかしら。」

非力な一般の島民相手なら睥睨だけで言うがままに支配できても、
同業の海賊が相手だとたちまちこの体たらくじゃあねぇと、
一斉に駆け寄ってきた十人でこぼこ、
その輪が縮まったと思う間もなく
ガーベラのように自分の身の周囲へ咲かせた腕の輪で
“せいっ”と振り払ってしまったロビンがにっこり頬笑む。

 「情けねぇレベルの奴らだなぁ。
  おっと、カン十郎こっちにも竹藪描いてくれ、
  って、いやそれは笹飾りじゃねぇのかよっ#」

 「おお済まぬ。」

自分で振りまいて仕掛けたバンブートラップへのカモフラージュ、
自然な竹藪を上へかぶせようなんて考えたらしいウソップが、
だがだが何とも素人画家な能力者のカン十郎なのへ、
おいおいおいおいと叱咤の声を飛ばす傍ら、

 「情けない奴らだの。」

非力な住人らをこづき回していた場へ我慢ならんと飛び込んでしまい、
素通りできなくなった原因を作った張本人、錦えもんが
歌舞伎役者のようなお顔をもっともらしく歪めたものの、

 “相手の格が違ったというのがそもそもの動揺の理由だろうになぁ。”

たまたま通りすがったという格好ながら
思わぬ救世主の出現というこの事態へ、
もしかしたらばここを縄張りと宣言してくれたらいいのにと
そうと願ってやまぬ住人たちが、
この対比の格差の物凄さへの感想を、内心で的確に述べてみたりし。
今現在この辺りを縄張りとしているのは、
四皇に遥か遠く、どのくらい見上げたら視線が届くかというほども下位の海賊一味。
それでも武装になど縁がないままの住民にしてみれば、
先だっての頂上決戦で旗印が変わって以来のこの恐怖支配に
唯々諾々と従わざるを得なくって。

 だからこそ、
 そっちもやはり風のうわさで届いた
 麦わら海賊団の胸のすく活躍に、

 『ここへも来てくれないかな、海軍よりよほどご利益ありそうだし』

その影響力の大きさから、そんなとんでもないことを祈る者まであったほど。
そしてそして、そんな祈りが届いたものか、
来合わせてしまった 件(くだん)の海賊団はといえば、
それはもう軽快に、
…というか、中には仲間同士で 脚を踏んだの喧嘩腰でものを言ったの、
そんなこんなから駆け出した顔ぶれもいるよな幕開け。
だだだ、大丈夫かと大きに懸念を抱かせた困った有名海賊団は、
どこまで本気か、いやきっと遊び半分だろう余裕の手加減しまくり、
里のあれこれ、壊さぬ程度に余力を見せての地回り壊滅作戦を執行してくださって。
その挙句が、里から離れた丘のふもとへ相手の首領を引っ張り出してくれた
智慧ものの剣豪殿とその船長。
姿を周囲へと同化させ、気配なく近寄っての暗殺や暴行、
窃盗で名を馳せたとかいう中途半端な能力者。
腕はさほどでもないが、その能力を巧妙に使いこなして頭目にまで上り詰め、
四皇つながりの海賊団へどうにかぶら下がって
ここいらを支配地にしていたらしく。

 「要領がいいんだか悪いんだか、
  それともただ単に
  これまで運がよかっただけなんだか、だわね。」

ナミが肩をすくめて呆れたその通り、
単に方向音痴が発動して里の外れ目指して突き進んだ剣豪を、
隠れ家の隠し財宝を掠め取られると勘違いして追って来た隠れ能力を持つ頭目だったのであり。
ルフィに至っては、そんな頭目の気配なぞ、最後の最後まで眼中にないまま、

 「なあなあ、どこ行く気なんだゾロ?」

酒目当てに違いないから、だったら美味いものもあるはずと、
こっちも勝手に目串を指してついて来たらしい、
一番状況が把握出来てないままに、港近くでも大暴れしまくってた我らが船長殿。
一面の青に染まってた視野の中、ひょこりと顔を出した無邪気な彼だったのへ、

 「さてな、忘れちまったよ。」

本人も何でこうまで町はずれにいるものか、
その過程が判ってないのは本当だったし、と。
首魁二人がこのざまなのもまた、余裕の所業といえるのかも。
油断も隙もないはずの新世界だが、
彼らにかかればこんなものだと、
蒼穹を翔ったカモメが笑った昼下がりだったそうな。






     〜Fine〜  16.05.11.


 *たまにはカッコいいゾロを書きたかったんですが、
  天然船長にかかればこんなもんだということで。(笑)


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